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2010年4月27日火曜日

何でも自分で

先日、観世流シテ方能楽師の味方玄(しずか)氏による、能衣装の着付レクチャーを
間近で見せて頂く機会がありました。
滅多にないことで、そのこと自体すばらしく、氏の話し振りもまことにわかりやすく
感動ものだったのですが、それ以上に私が感心してしまったのは、
シテ方である氏が能楽師としての舞台上の演技以外に着付や小道具の整備・作成、
さらには自分の身の回りの事ごとを全て一人でこなしているという事でした。
いわゆる、お付きの人とかマネージャとか一切なしなのだそうです。
そうは言っても、どこまでのレベルで事が運んでいるのかの詳細は
知る由もありませんが、いわゆる芸能界などとはだいぶ違う世界のようです。

最後には今回使った衣装の後片付けも全てご自身でやっておられました。
(長絹をたたんでいるところ。手前の衣装は縫箔。)
またひとつ、「能」の世界の不思議さに引き込まれそうな予感です。

2009年10月11日日曜日

初めての薪能

初めて薪能なるものを観た。
場所は鎌倉宮。夕方5時開演で8時半過ぎまで。
お祓いなどの神事や僧兵によるホラ貝の演奏(ファンファーレみたいなもの)などに続き
金原流による「屋島」、狂言「船ふな」、観世流の「三輪」。
事前に話を聞いていたので冬支度にコート持参したが、
動かないこともあってか津々と冷えて話以上に寒く
それが一番の印象と言う情けないことに。
観客(見物)は約1000人(?)、正面ながら後ろの席だった。
声もよく聞こえたし全景はよく見えたものの、
遠目のせいか言ってみれば紙芝居を見ている感じで感覚の世界に入るに至らずで残念。
野外、しかも鎌倉宮という特殊な雰囲気での薪能を体験した。

2009年6月19日金曜日

能におけるワキ(2)

ワキで一生を暮す能楽師の不思議、その2である。
再び、安田 登氏に登場していただくことになる。

人からよく「なぜワキなんかを選んだのか」と、聞かれる。
「ワキなんか」とは失敬だが、確かに能を観たことがある人ならば、どうせやるならワキよりシテ、と思うだろう。
能は、思われているほど閉鎖的でなく、能の家の人でない者にも門戸は大きく開かれている。
ただ、シテとかワキとか囃子とか狂言とか、どの役をするかは最初に決める必要があり、
かつ一度決めたら変えることができない。
・・・・・・
能のワキの代表的存在である「諸国一見の僧」にとても魅せられたからだ。
一所に定住せず諸国を漂白する旅の僧。その存在そのものに強く魅かれた。
・・・・
一人旅・・・・
そんな旅をしていると、日常生活では絶対に出会えないような人や出来事と遭遇する。
特に人生でとても大変なことがあって自暴自棄になっている時や、
あるいは大きな決断をしなければならないような時ならば、必ずと言っていいほどその遭遇が起きる。
そして、それがどうも能に似ているな、感じたことが、本書(ワキから観る能世界)を書こうと思ったきっかけだ。
・・・・
ワキが異界(亡霊であるシテ)に出会えるのはなぜなのか、ということを考えるつもりで書き始めた。
その過程で能のワキから影響を受けたさまざまな人達を見ていくうちに、あ、みんなワキの旅をしているんだ、と
気がついた。そしてその旅は彼等の人生を確実に変えていた。
本文では芭蕉と漱石を中心にあげたが、その他にもたくさんの人がいる。・・・・・

少しわかってきたような気がする。

2009年6月11日木曜日

能におけるワキ



前々スレッドで能楽師・ワキ方の価値観について触れた。

この疑問にずばり答えてくれて興味深いのが本書
「ワキから見る能世界」
(安田登 著、生活人新書)である。

またまた序章からの抜粋・・・。

よくシテは主役、ワキは脇役と言われる。
が、本当はそんな単純なものではない。
シテが主役と言うのはいい。それは正しい。
問題はワキが脇役ということだ
・・・
今、私たちが脇役という言葉を使うときには、
副次的な役割を担う人と言う意味で使っている。
特にそれが比喩として使われる時にはもっとひどくなって、
「あの人は脇役だから」などと言われると、
もうそれはほとんど「端役」という意味になっている。・・・・
ところが、能のワキは
現代の演劇や映画で言われているような脇役では決してないし、
ましてや比喩として使われるような脇役では決してない。

ちなみに能の完成した室町時代の日本語には「ワキ」という言葉に
脇役などという意味はなかった。
ワキとは「横(の部分)」をさす。
体側の部分、着物で言うと脇の縫い目の部分が「ワキ」という言葉の古い用法だ。
これは、その場所(ワキ)が着物の前の部分と後の部分を
「分ける」ところだから「ワキ」だと言われるが、
この言葉から分かるようにワキは分ける、
古語で言えば「分く」というのが原義だ。・・・・・・
ただし、古語では同じ「分く」でも「分ける」人という意味と「分からせる」人という二つの意味になる。
ワキとは「分ける」人であり、そして「分からせる」人なのだ。
・・・・・
能のワキが「分からせる」のは何か、それはシテの正体だ。
旅人であるワキが、ある「ところ」に通りかかり、シテと出会うのが能の始まり・・・
しかし、その「ところ」にはワキだけでなく、さまざまな人が通りかかる。
・・・・
旅人が通りかかった「ところ」には、ずっと前から霊はいた。
しかし、それが見えるのがワキだけだったのだ。
そしてその霊は、そのままでは観客にも見えない。
その不可視の存在である幽霊、シテを、観客に「分からせる」、見せるのが
「ワキ」=「分からせる人」の役割なのだ。
・・・
次にワキのもう一つの役割、「分ける人」としてのワキを見ていこう。・・・
シテはその「ところ」に思いを残してこの世を去った霊魂だ。
残恨の思いのために成仏できずに、幾度となくこの世に、特にある「ところ」に出現する。
・・・
この世で充分に果たせなかった思い、あるいは語り尽くせなかった執心など、
いわゆる「残恨の思い」を誰かに聞いてもらいたい、
そして舞を舞うことによってその思いを昇華させたい、未完の行為を完成させたい、
すなわち思いを晴らしたいがためにこの世に出現するのだ。
思いを晴らすの「晴らす」とは「晴れ」という言葉からわかるように暗闇を明るく転換させることだ。
残恨の思いを、無意識の暗闇から蒼天の意識のもとに引き出すことを言う。
そしてシテの思いを晴らす手助けをするのがワキだ。
ワキはシテの残恨の思いを受止めて、その昇華作業(成仏)を助けるのだから能のワキは多くが僧だ。
しかも漂白の旅を続ける、一所不住の僧だ。
・・・・
乱れに乱れたその思いを整理して治めようとすればするほど、よけいにぐちゃぐちゃになる。
そこで必要なのは、そういうぐちゃぐちゃ状態を快刀乱麻を断つがごとく「分け」、
そして再統合する、そんな人の存在だ。
これがワキの第二の役割、「分ける人」としての役割だ。
・・・・
脇役などと言って無視するには、なかなか凄い力を持っている。
ワキはあくまでシテの語りを引き出すためにのみ存在する。
だから彼は自分のことをほとんど語らない。・・・・
しかし無名の彼でも、他の誰にも見えない、そういう亡霊と会うことができる。
無名の彼だからこそ、亡霊と出会い、異界と出会うことができるのだ。
なぜ、ワキは異界をここに引き寄せ、そして亡霊と出会うことが出来るのか・・・・・


私のような超初心者が口を挟む余地の全くないワキの存在価値論。
圧倒的でさえあったので、引用文そのままにさせてもらいました。
能の魅力を深める上で、極めて重要な切り口であると思いましたが、
この先は私自身をもう少し深めないと読み取れない部分でもありますすので、
次の機会にしたいと思います。

2009年6月7日日曜日

初めての観能


3月半ば、国立能楽堂に長山桂三の「道成寺」を観に行った。(写真撮影は禁止。ただし、開演前ならOKである。)
能舞台の周りに設置された「見所」の配置も独特なもので、開演前・休憩時間にあちこちに身を置いてみたが
場所によって見え方ががらっと変わり、なかなかに面白い。
この後観能の機会があったら、場所を変えてみることもいいかなと思えた。

さて、この観能でどんなことにどれだけ感応できるかな・・・?


さて、今回の演目は能は「田村」と「道成寺」。能と能の間に狂言「樋(かけい)の酒」、この他に「仕舞い」が数曲。 「仕舞い」については今回はついて行けず終い。
能「田村」も、事前に物語の概要は少々つかんではいったものの、悲しいかな観能力のなさを痛感。
狂言は言葉も仕草もわかりやすく、能と組み合わせることが、その日の全体構成上極めて重要で、なるほどと思わせてくれた。


そして、「道成寺」。
大鐘などの仕掛けもあり、初心者でも楽しめるだろう・・・との思い。
(物語の筋はここで敢えて書き記すこともなかろうと思うので省略。)
*左は販売もしていたDVD写真


最も印象に残ったのは、道成寺でのみ舞われるという「乱拍子」。
小鼓方の「多彩な掛け声」と鋭い小鼓の音、その間合い。それに呼応する
「シテ」の身の捌きと足捌き(特に爪先)が絶妙ですっかり魅せられた。
紹介文には「丁々発止、緊張感あふれる掛け合い」とあるがまさにそれ。
また、蛇体の鬼女が僧達の祈りに追いつめられ川へ飛び込む時の姿も印象的。
登場人物の大半が、摺り足での静かな動き・動作が多い中、際立って見えた。



また、能全体を通して感ずる「独特の摺り足の静かな動き」。
「腰を沈めた立ち姿、爪先が不自然に動かない足の甲の美しさ」、
そして何と言っても「頭の位置が微動だにしない(上下しない)歩行術」。
どれ一つとっても、
厳しい鍛練でしか得られないと思われる見事な身の捌きだった。



まぁ、超初心者のそれも最初の観能としては、こんなところか。


一番の収穫はと言えば・・・
理由は定かではないが、この不思議な世界にちょっとだけ嵌り始め、また再び「能を観てみたい」という気になったこと。





「道成寺」については10ページを割いて
その「あらすじ」や「シテ方」「ワキ方」「笛方」「小鼓方」「大鼓方」
「太鼓方」「狂言方」「後見」それぞれの立場からの「道成寺」が語られている
「あらすじで読む名作能50」(ほたるの本、監修:多田富雄)が興味深い。
が、・・・・
いまのところ、表面的な理解しかできてはいないのが残念なところ・・・


最後に、本書の序章(はじめに)からの引用です。


能は演劇とはいっても西洋の劇のようにいろいろな登場人物が現れるわけではない。
一般にはシテと呼ばれる主役一人の演技で舞台が進行するのが普通だ。
シテを呼び出したり、聞き役になったりするワキという役と、
時にシテと一緒に演技するツレなど限られた人物しか舞台に現れない。
しかも登場人物たちの対立や葛藤によって事件が進行するのではない。
多くの場合、事件はすでに済んで、登場人物はそれを思い出しているに過ぎないのだ。
しかもシテの多くは、もはやこの世にいない人、つまり幽霊なのである。
・・・・・
舞台の右手にある橋掛かりは文字通りあの世からこの世に繋がる橋なのだ。
この橋を通って、この世に執心を残した幽霊が現れ、嘗て起こった事件の全てを仕方話で物語る。
・・・・
フランスの作家ポール・クローデルは、
「能では何かが起こるのではなく、何者かが現れる」という意味のことを書いている。
これほど能を的確に表現した言葉を私は知らない。
「現れる」という言葉には二重の意味が隠されている。「現れる」と「顕れる」である。
能の劇中に「現れる者」は「何ものかを顕す人」なのである。
・・・「現れる人」、「顕れるもの」の期待と予感を感じさせることができれば、能なる演劇は成功である。

2009年6月6日土曜日

能、ことはじめ

さかのぼること3ヶ月。3月のとある日、生まれて初めて「能」を観ることになった。
日本独特の演劇として「能」があることくらいは知っていた。
しかし白状すれば古来の演劇の代表格である「歌舞伎」との本質的な違いは何かもわかっていない
超初心者である。

せりふは文語体、謡曲(うたい)はお経みたいで何を言っているのか分からない。
しかもゆったりしたテンポで動きも少なく眠くなるのは必定・・・・
でも、そんなことでは折角の機会が「もったいない」ではないか・・・・


そんな訳で、所謂「能の入門書」のしかも序章部分を覗いてみることにした。
その名も「これならわかる、能の面白さ」(著:林 望)

序章;「能楽という奇跡」
私なりにポイントを拾ってみると
(1)能という演劇には「演出家」がいない。
(2)*主役の「シテ」、シテが連れて来るのが「ツレ」
   *脇役の「ワキ」、ワキが連れて来るのが「ワキツレ」
   *その他に「地謡(じうたい)」「囃子方(はやし)」
   *能の中で狂言を演ずる(間狂言)のが「アイ」
(3)全てに君臨し演出、振付け、演技とを全て一身に兼ねる主役が「シテ」でオールマイティの存在。
  「シテ」という呼び方は「す」というサ変動詞の連用形「シ」に、
  「〜する者」という意味での「手」が接合したもので、「舞い手、語り手」などというときの「手」である。
   されば「シテ」というのは「する人」という意味で、能という芸能を「する」のは、ただこのシテ一人に集約されているのだと言ってよい。
   シテ方には、なにもかもこなせる技量と見識、それに君臨するものとしてのカリスマが要求される。

(4)「ワキ」という役目は、文字通り脇にいる人ということであって、
いわば傍観者というほどの意味である。

しかもこれらを演じる能楽師はシテ方、ワキ方、狂言方の三つに分かれ、
器楽の演奏者は囃子方として笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方などの専門分野に分かれる。
能楽界は江戸時代から続く分業制度が厳然と守られている世界で、それぞれには流派があり、
役籍や流儀を変えることは原則的に認められないという。

演奏者たる囃子方についてはさもありなんと思えるし、狂言はそれ自体が独立した演目を持っている
ことなどからが分かれているのも何とか理解できそうである。
しかし前述のようにシテ方が絶対的な立場を持つ中の
「ワキ方」が長い歴史の中でその存在意義をどのように持ち続けられたのかとの疑問が残った。
(この件は、後に明かされることになるのだが・・・)